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インタビュー

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【ベトナム発】ベトナム・ホーチミン 日系飲食店の進出をサポート ”ヘムの再開発請負人” 永露 仁吉氏に聞く

ベトナム語で小道を意味する「ヘム(Hem)」。日本人街の一角にあったこのヘムに、いち早く着目。風俗店が軒を連ねていたエリアを、日系飲食店の集まるジャパンタウンへと”再生”させている立役者が永露 仁吉氏。これまでの試行錯誤と、今後のヘムの再生計画にかける思いと展望を伺った。


――長年、飲食業に関わってこられたのですか?

いえ、6年前にハンバーグレストランのFC経営に関わったのが初めてで、それまではヘアエクステ専門の美容室展開に携わっていました。

――異業種からの参入で、しかもベトナムに?

もともと海外志向は高かったんです。前職の美容業で中国との関わりも強かったし。飲食業に転身してからは、海外進出を視野にアジア各国を視察しました。人口が多く、経済活動が盛んな場所は、当然市場も飽和状態。また、宗教の関係でイスラム教圏への出店も実際厳しかった。模索する中で、ベトナムの市場は魅力的に映りましたね。

――5年前に来越、実際に肌で感じたマーケットはいかがでしたか?

最初は日本人でなく、ベトナムの中間層向けに展開したかったんです。
AEON MALL1号店のフードコートで、唯一日本食を提供する店舗としてスタートしました。周囲はベトナム料理の定食や鍋を提供する店ばかり、正直苦戦しました。現地の人が好きな味をどうしたら生み出せるのか・・半熟玉子は受け入れられない。甘い味が好まれるからとアレンジしたら、甘すぎてダメ出しを受ける。自分が美味しいと感じる味から、どんどん離れていく・・。また、フードコートなので設定価格の上限があり、素材も限られました。単価上限300円程度で、料理を提供する難しさを痛感しましたね。

昼間のヘム。道幅が狭いので、車の往来はなくバイクが時折行き交う程度。ランチ時間を除いては、人通りもまばら。

昼間のヘム。道幅が狭いので、車の往来はなくバイクが時折行き交う程度。ランチ時間を除いては、人通りもまばら。


――模索する中で、原点に立ち返ったと?

そうですね。シンプルに、美味しいものは国境や国籍を選ばない。日本食なら、自分たち日本人がうまいと思う店をやろうと。素材や調味料にもとことんこだわってやりたいとね。同じマインドを持つ経営者にどんどん出店してもらおうと、進出支援をサポートする事業を始めました。

――そして、日本人街として知られるレタントン地区の、更にヘム(路地裏)との運命の出会いに至ると?

そんな立派なものじゃなくて、単に賃料が折り合わなかっただけです(笑)。大通りの路面物件は価格が高騰、しかも1階部分だけ借りることができませんからね。ベトナムは一棟借りが基本なんです。当時でも3階建ての物件で3000ドル。今はもう倍になってますよ。資本力のある大手じゃないと、大通りなど抜群の立地に出店することは不可能。そこで、一本路地を入ったこのヘム(小道)に目をつけたんです。

――福岡の有名ラーメン店「暖暮(だんぼ)」の誘致、出資に繋がりましたね。

私が関わったヘム出店の一号店です。福岡で飲食業の進出支援セミナーをさせてもらったのですが、話を聞くだけだと次に繋がらないんです。そこで、①導入(座学)②ケーススタディ(意見交換)③福岡在住のベトナム人対象に試食 ④ベトナム現地視察、とシリーズで実施しました。参加者の皆さんの真剣味がぐっと増しましたね。

――実際に進出となると、受け皿やリスクの壁に躊躇することも?

それが次の課題でした。思いが高まっても良い物件がない。日本人を常駐させるにも土地勘がない。初期投資や現地のライセンス手続きをどうするかなど課題は山積みです。そこで、2ヶ月の期限付きで月極めで店舗を提供する試みを始めました。失敗も成功も含めて試行錯誤できる場所が重要なんです。ベトナムに進出するハードルを下げるのが自分の役目。その先へ踏み込むか撤退するかはオーナー次第。ここを巣立って、市内に店舗を構えたのは2ヶ月で6店舗に上ります。

永露さんが貸し出しているトライアル店舗。規模は小さいながら、飲食の営業に必要な設備は全て揃っている。

永露さんが貸し出しているトライアル店舗。規模は小さいながら、飲食の営業に必要な設備は全て揃っている。


――ここ数年、ヘムに日系の飲食店が増えましたよね。

実は自分が進出した頃、このエリアは性風俗店が多かったんです。歩いて回って所有者に話を聞いてみると、「風俗店には貸したくない」というのが本音だった。そこで、現地で不動産管理を担当するパートナーと相談し、建物を次々に借り上げました。1階を飲食店に、2階以上を賃貸アパートにして、飲食店も大家さんもみんなに利益が配当できるwin-winの関係構築を目指しました。「明るい地上げ」を自認しています。

――ヘムを案内頂きながら、今後の展望を伺います。

大通りに近いエリアは人の流れもできましたが、狙っているのはこの100m四方のヘムの”角を取る”ことです。四隅に人気店ができることで、路地の奥まで人の流れができます。新橋のような街にしたいですね。常に物件はチェックしています。既存の建物をただ使うのではなく、大家さんと相談し、大掛かりな改修工事も行なっています。間口4メートル以下の入り口や、部屋の中央に階段がある作りが一般的なのですが、これでは使いづらい。手間は掛かりますが、長期的に見ると最初のテコ入れが非常に重要なのです。着工していませんが、契約している物件はすでに数軒ありますよ。

夜のヘム。赤提灯が路地の奥まで灯っている。 はしご酒を楽しむ客の姿も。

夜のヘム。赤提灯が路地の奥まで灯っている。はしご酒を楽しむ客の姿も。


――お一人の力で街の様相を変えるというのは大変そうですね。

事実、ベトナムでは珍しい半地下の物件を作ろうとして(ヘッドライン記事掲載の「FUJIRO」)両隣から水が噴き出し、水没するアクシデントもありました。日々、試行錯誤です。エリア全体として盛り上げるために、異業態の店舗とも協力しています。誘致も積極的に行なっていますが、中には「なぜ競合店舗をわざわざ増やすのか」と言われることもあります。でも、注目店ができると、相乗効果で他店舗が賑わう潜在性の高いエリアなんです。資本力のある大手ができない、自分たちならではの戦い方です。複数店舗で協力し”Japan town Saigon”と銘打って、facebookページを作っています。日本らしい街並みが話題となり、ローカルの人が訪れSNSなどで拡散されているようです。

――最初の目標、ローカル中間層への訴求が実現しそうですね。

まずは、日本人で賑わってないところにローカル層だって来るはずがない。地元の人がいないフォー屋さんに、外国人が行かないのと同じですよ。純粋に味がよければ、口コミで広がるはず。自分も美味しいものを食べていたい。一貫してお客さんの目線で、飲食を通じて町づくりを続けたいです。

――本日は貴重なお話をありがとうございました。


19339979_1320953444688220_1226497567_o永露仁吉(ながつゆ・にきち)氏プロフィール
福岡県飯塚市出身。 1976年生まれ。株式会社菊の華代表取締役。2012年に来越。日系飲食店オーナーの進出に伴うアドバイスや物件の提供など幅広い支援を行っている。

(取材=迫田陽子)

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